東京高等裁判所 昭和25年(う)4256号 判決
弁護人の控訴趣意の要旨は、結局原判決には、昭和二十一年勅令第三百十一号第二条第三項所定の「聯合国最高司令官の日本帝国政府に対する指令の趣旨に反する行為」の解釈を誤まり、被告人に対し、適用すべからざる同法条を適用して有罪の言渡をした点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤まりがあるとの一点に帰するものと解される。
よつて記録を査するに、原判決が罪となるべき事実として、所論の事実を認定し、これに対して、昭和二十一年勅令第三百十一号第二条第三項、第四条第一項第二項、聯合国最高司令部覚書第一九七〇号を適用していること、及び、右覚書第四項において「日本政府は本覚書の条項実施の為適当な規則を発すること」と規定しており、日本政府が、この規定に従つて、制定公布した規則が、昭和二十四年四月十二日運輸省令第十号連合国人所有自動車購入登録規則であること、並びに、前示覚書第一九七〇号が日本政府に交付せられたのは昭和二十四年二月十日であり、この覚書に従つて日本政府が右運輸省令第十号を制定公布したのは同年四月十二日であつて、被告人がエヌ、ケイ、マーから本件自動車を取得したのがその間である同年三月二十六日ごろであることは、いずれも所論のとおりであつて、更に所論は前示覚書による指令の趣旨は連合国最高司令官が日本政府に対し、右覚書第一項乃至第三項を実施するため、適当な法規の制定を命じたものであつて、日本国民を拘束する趣旨でないと解すべきであるから、たとえ覚書交付後であつてもまだ日本政府がこれに基ずき法規を制定公布しない間における被告人の本件所為は、右覚書による指定の趣旨に反する行為ではなく、従つてこれに対し、原判決が昭和二十一年勅令第三百十一号第二条第三項を適用したのは、誤りである旨主張するにより、按ずるになる程右覚書第四項に所論のような規定のある点より考えれば、右覚書において、日本政府に対し同覚書第二項及び第三項の規定の趣旨を内容とする法令の制定公布も命じていることは明白であるが、しかし、同覚書第二項には「日本国内に在る者であつて、米軍支払証明書、外国取引証明書、又は英軍特別領収書を個人として適法に入手し得る者はすべて対価の有無を問わず、米軍支払証明書、外国取引証明書又は英軍特別領収書を適法に入手し得ない日本国国民並びに日本に在るその他の個人に対し乗用自動車「トラツク」「モーター、サイクル」「モーター、スクーター」及び「モーターバイク」等を含む如何なる種類の自動車類をも、売却、転売、貸与、物々交換、取引、贈与、賃貸、譲渡、又はその他の方法により処分することを禁ぜられる、かかる日本国国民又はその他の個人は、日本に在つて個人として米軍支払証明書、外国取引証明書又は英国特別領収書を適法に入手し得る者から対価の有無を問わず如何なる自動車類をも購入又は取得することを禁ぜられる。但し破損或は損傷した自動車類を連合国最高司令官の許可を受けて日本において業務を営む保険会社が許可を受けた営業行為に附随して売却する場合及び今後連合国最高司令官により特に許可せられた場合はこの限りでない」旨の規定があつて、この規定が日本国民に対し、同項所定の自動車類の購入又は取得を禁止する趣旨であると解されることは、同項の文理解釈上疑を容れないところであるといわなければならない。而して被告人の本件所為は原判決の判示の如く、前記覚書所定の米軍支払証明書、外国取引証明書又は英国特別領収書を個人として適法に入手し得るエヌ、ケイ、マー(国籍英国)から、米軍支払証明書、外国取引証明書、又は英軍特別領収書を適法に入手し得ない日本国民である被告人が、法定の除外事由がないのに、判示乗用自動車一台を譲り受けたというのであつて、この行為が前示覚書第一九七〇号第二項の趣旨に反するものであることは、極めて明らかであり、且つ右は昭二十四年二月十日前示覚書が日本政府に交付せられてから、同年二月二十三日附官報によつて、その内容全部の発表があつた後である同年三月二十六日ごろの所為にかかることが、記録上認められるから、右覚書に基ずき制定された前示運輸省令第十号連合国人所有自動車購入登録規則の公布前の行為ではあるが、昭和二十一年勅令第三百十一号聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令第二条第三項所定の占領目的に有害な行為としての聯合国最高司令官の日本帝国政府に対する指令の趣旨に反する行為に該当するものと言わなければならない。されば原判決がその理由中において所論指摘のように、本件覚書第一九七〇号も政府に対し発せられた後昭和二十四年二月二十三日附官報を以て、その内容全部の発表があり、ここに右指令の趣旨が国内法たる効力を発するにいたつた旨説明している点は、必ずしも妥当であるとは言い得ないが、しかし結局において被告人の原判示所為に対し、前示昭和二十一年勅令第三百十一号第二条第三項、第四条第一項第二項、右覚書第一九七〇号を適用処断したのは正当であつて、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。